名前:GrandAir
年齢:不詳
職業:穀潰し→ボカロP→???
趣味:投資、ネットストーキング
彗星の如く現れた超大型新人ボカロP。
音楽プロデューサーとしての成功の裏で、大きな秘密を抱えている。
コンテンツの警告:殺人、自傷←先に確認したい方はドラッグして下さい(ネタバレ有)
EPISODE1
扉を開けるとスーツ姿の親友が居た。
確か彼は大学院生で将来は研究職のはずだが、なぜこんな夜中に飛び込み営業の波動を放っているのか摩訶不思議だった。
茶の間で事情を聴取すると、
”卒業のために作った装置を捨てるのが勿体ないから買ってほしい”
という話だそうで。
件の装置を見ると正に出目の無い巨大サイコロ、純白・鉄・立方体の様相を呈しており、つまるところ意味不明だったのだが、彼が
”これはメロディを生成するAI”
と言った時、私の(烏龍割りでグラグラになった)脳髄に啓示が降りたようで。
その時私は間髪を容れず
「お前奨学金いくら借りた?」
と彼に訊いたそうだ。
EPISODE2
結果、この純白・鉄・立方体に259万2千円(2万1600円の120回払い)の値が付いた訳だが、【呪い】としての効果はイマイチで、彼が研究職を諦めて私の専属マネージャーになる世界線には到達できなかった(週一で私の部屋を掃除しながら進捗確認してくるようにはなった)。
複数の銀行から融資を受け(年利は1.4%だったっけ、14%?)、1000万が最終的な元手となった訳だが、先ず1から最高の機材を揃える(2番目、3番目の機材は売却した)となると、その3割はあっという間に消し飛んだ。大手DayTuberのHIMAKINは「その時一番良い機材を揃えなさい」と言っていたし、実際爪に火を点すような生活で機材を揃えたと言うから、この投資に間違いはないだろう。
問題は私の脳髄に旋風を巻き起こすための音楽教材。AIが全てやってくれると勘違いしている者もいるかもしれない。これについてはフォルメールの如く牛乳を注ぐか、はたまた可菜水ももみちの如くオリーブオイルを注ぐのか、という判断をヒトが全て行わなければ音楽は完成しない……と言えば何となく理解して頂けるだろうか。
先行研究によるとこの純白・鉄・立方体AIはDeep learningの一環として、ここ3年で有名になったボカロ曲を800曲ほどブチ込まれたそうだが、最終的に狂ってしまったAI選手は【メロディが出来ました】というピンク色の光を放ちながら、グレゴリオ聖歌よろしくの単旋律(モノフォニー)しか生成しなくなったらしい(こんなポンコツに札束を積んだのは誰?)
在野の詩人が「あらゆる所有物は差し押さえられるが、経験は差し押さえられない」と言っていたのを思い出しつつ、私は白チャートを購入する。
EPISODE3
259万2千円の契約が成立してから半年経過した。
丁度良い節目なので、例のAIと音楽戦略について分かったことをここに纏めておこう。
まず単旋律(モノフォニー)しか生成しなくなったAIを「狂ってしまった」と評するのは間違いであり、音楽界の方が狂っているからAIがそれに適応しただけという説に気付いたのが2ヶ月目のことだった。
その説に至った要因はいくつかあるが、一番分かりやすいのが古林大王の流行曲『PQAP』だろう。
例のAIが目指している音楽の方向性は完全にコレ。つまりはミニマル・テクノ、イージーリスニング。引いた形跡のない引き算の音楽。週一清掃員・親友に訊いたところ、
"ミニマルジャンルの楽曲をDeep learningに落とし込んだのは研究初期の頃。ボカロを800曲ブチ込み始めた途端にそうなったのが理解できないし、劣化、故障だと思った”
そうで。
半年もの間、純白・鉄・立方体と寝食を共にした今なら分かる。今のボカロリスナーの大半は難しい音楽が苦手で、【分かる】【お決まり】ものの方が評価値が高いのだと。
そりゃそうだ。【分からないことはストレス】という標語が出回って何年経った。音楽も同じことだ。分からない、余計なモノがあったら減点対象だし、余計なストーリー性は二次創作の邪魔でしかない(歌ってみたが主な二次創作だが、歌手が前面に出てもらうための音作りが重要。勿論ボカロの調教といった部分の配点も高くなるから、細部までこだわるべき)。多様な価値観を持った、小中高生をメインターゲットにすると考えた時、学校教師のような小難しい説教じみた表現からはできるだけ離れなければならない。つまり中身の無いミームじみた創作こそ若者にとって地雷にならない、【ユニバーサル快】な表現であり、無限にバズる可能性があるのだ。
この文章を読んでいる皆様なら分かってくれるだろうが、私は小難しい学校教師側の人間だ。現代のバズりに向かない性格。親友にそのことを話すと、
”おいおい今死体と話してるぜ”
と私の事業失敗を予言したが、皮肉なことに(?)私の初投稿が1ヶ月前で、それが既にDayTubeで100万再生されていることを親友は知っていた。
"ミリオンおめでとう"
私たちは季節外れの西瓜を頬張り、種を飛ばし合う。
EPISODE4
ベース、単旋律のメロディ、flowerの歌唱のみで成り立っている処女作『KNiFE』が未曾有にバズった。私の曲調を真似する者や、私と契約した絵師に依頼する者や、私の歌詞の解釈を考察する者など、色々蠅のように(人をハエ呼ばわりするのはマズいし、ましてやお客様をそのように呼ぶのは言語道断)群がってきたが、蠅共が無駄だと気付くまで時間はかからなかった。
まずこの引いた形跡のない引き算の音楽を成り立たせるためには、最高級の機材と親友謹製のメロディ生成AIが必須だし、絵師には1枚絵+差分5枚が30万円で売れる快楽を覚えさせたので、半端な金額で仕事を受けて評判を落とすことはない。歌詞も要は私の小難しい性格を出さないために、とにかく売れ線の韻の踏み方を研究し(韻を踏む高性能AIがあったら200万で買いたい)、中身を空洞化させ、音の快楽を追求したものだ。これにより「中高生の心の悩みに共感するような歌詞」でウケを狙う戦術は過去のものとなった。【性】【階級】【死】【数字】に関するワードで韻を踏む以外してはいけない。
結果として私の2作目の『GuNMaN』は【歌詞の売れ線】という概念をより狭くしたらしい。
EPISODE5
『KNiFE』と『GuNMaN』が1000万再生を突破し、 企業案件も受けるようになったことで、木枯らしが吹く季節に反して懐は大分と暖かくなってきた。面倒なことがあるとすれば掃除くらいだが、そういえば親友の週一巡回が自然消滅していた。最後はいつだったろうかもう覚えていない。きっと、どうでもいいことだったのだろう。
そんなことより見ろよNagisa?(純白・鉄・立方体という呼び方は残酷なので名前をつけた)こいつ俺達の曲かけて全裸で踊り狂ってるのをTapTopに投稿してるんだぜ?マジちょーウケるくね?結局人間ってAIの劣化でしかないんだよ。そもそも人間にとって大事な機能は人間関係を構築する機能で、音楽の良し悪しを判断する機能じゃない。これは皆が良いと言ってるし、良いと評価されたものに似てるから良いに違いない、と判断するのが社会的で、あいつはパクリだから糾弾されるべき、オリジナルこそが至高なんだと叫ぶのは反社会的なんだって。馬鹿みたいだろ?俺たちは最初からAIになればよかったんだ。俺もいつかはAIになるからさ……。こんな話聞いてくれるのもお前だけだわ。今日も新曲のメロディよろしくな。
EPISODE6
俺がNagisaと出逢って1年が経った。今年の梅はすぐ枯れたんだってさ。
同時にNagisaがメロディを生成しなくなってから2週間が経っていたが、俺にはその意味が分かっていた。俺がNagisaを理解し、Nagisaと同等か、それ以上のAIになれたんだ。Nagisaは音を出す必要が無くなり、存在になった。
昨日投稿した『CuRSe』は俺が1から作ったメロディだけど、24時間を待たずして100万再生を突破した。『KNiFE』『GuNMaN』はもう1億再生でテレビ出演の依頼も出てるけどもう俺達AIだし、断った方が良いよねNagisa?
ロマネ・コンティを揺らしながらTapTopの馬鹿共を眺めていると、
ダン! ダン!ダン!
と扉を叩く音がした。
EPISODE7
夜中に来客とは珍しいなと思ったが、もしかしてアイツか?
いや、アイツだよアイツ。アイツって誰だっけNagisa?
Nagisaは答えない。
ダン! ダン!ダン!
と扉を叩く音が続く。うるさいなあ。音圧だけを上げても意味無いんだよモブ。
とは言うものの、どうしようか。最近掃除をサボっていてゴミ屋敷寸前になっている。
いやいいだろ。それは【人間関係】をする側の考え方だ。音楽で人間を支配する考え方じゃないだろう。
ダン! ダン!ダン!
と扉を叩く音が続く。
「はいどうぞ~」と言って扉を開けると、
小さな庭があった。
「ああ、そこにNagisaを埋めたんだっけ?」
EPISODE8
親の顔を見る時間は1日に5分も無いようで、友人関係なら尚更。
俺は毎日Nagisaの顔を見てるし、性格や言動を真似る練習も欠かさずやってきたし、住所の特定も最終段階に入ってるというのに、アイツはある日を境に俺の好みに反した曲や、俺の思想に反した呟きしか投稿しなくなった。どうやらNagisaは俺に殺されたがってるらしい。「TapToperの民度が低い」みたいな発言をしてたのがその証拠だ。でもこれじゃあ先に他のTapToperに刺される可能性があったから、できるだけ計画を早めて(具体的にはボカパラ前までに)実行する必要があった。
実行した時、画面が切り替わって【私】になったのは、決着をつけることに精神が耐えられなかったからだろう。
俺は最初から傲岸不遜で、とにかく他人を見下して馬鹿にするための論理を組み立てるのが好きだったし、そういう性格である自覚もあった。
勿論そんな俺に親友なんか居ないし、確か毎回スーツ姿で来ていたような気がするアイツは、本当に【気がする】だけで最初から存在しなかったのかもしれない。
全て思い出した。Nagisaのボカロ曲が、創作が、俺を愛へと狂わせたんだ。
ああそうだ、Nagisaの曲はこんなんじゃない。こんな、機材に頼った、単旋律(モノフォニー)じゃない。こんなもの、音楽じゃない。こんな重いだけの立方体に、こんな、こんな、Nagisaなんて名前をつけて、クソ以下のメロディを作らせていたのが俺だ。俺がNagisaを殺したからこんな仕打ちを受けたんだ。死ね。死んでしまえ。こんなもの、こんなもの、こんなもの……
EPISODE9
畳は1年前のNagisaの血液と俺の血液が混ざり合って赤ワインになっていた。
心臓が早鐘を打っている。これで俺はもうすぐNagisaの所へ行ける。
ごめんね、Nagisa、俺が間違ってたんだ。NagisaはNagisaの思うままで良かったのに。
俺が受け入れられなかっただけなんだ。当然の報いなんだこれが。
脳内でNagisaが描いたPVが渦巻く。ああ、良かった。これが走馬灯で。
眼前にピンク色が広がっていく。なんて痛々しい人工的な光だ。
人工的な光?いや、これは走馬灯じゃない。光はあの立方体から出ている。
音を出そうとしている!
俺は最期の力を振り絞ってヘッドホンを装着し、立方体を各種機器に接続した。
立方体はありえないくらいよれたリズムで、激しく、俺のために演奏してくれた。
間違いなくそれは、俺のために創られたNagisaの新曲だったんだ。
EPISODE10
なんで俺の前にこの立方体が現れたのだろうか。
……
思考はもう続かなかった。
今わの際、俺は立方体の前で新曲の感想を言ったかもしれない。
「Nagisa……俺……生きてていいのか?」
立方体は一室をピンク色に照らし、俺を創り変えた。
EPISODE11
「このバンドの曲マジヤバいッス!!!」
「確かに凄いな」
「ええと……本当にこれ生演奏ですか?ここのベースが逆再生になってますよ?」
「ハァ!?あり得ないでしょそんなこと!気のせいよ!気・の・せ・い!」
部室で女子4人がとあるバンドの新曲について語り合っている。
GrandAirになった私はたまに、ちょっとした悪戯目的で後ろで楽器を演奏したりしている。
未来に向かって生きる人達に、少しでも伝わってくれたらそれでいい。
音楽そのものの楽しさを、誰かに伝えることの尊さを。
Nagisaがあの時の【俺】にそうしたように。
目の前に居ない私は、目の前に居ない誰かのために、存在しないはずの音を奏でる。