【ネタバレ注意】温泉シャーク2 九州大決戦 感想【キネマ鑑賞の會】

普段は骨の髄までボカロ曲か何かの考察をする會を運営しているんですけど、

jyunreaistdoudoudou.hatenablog.com

まあたまにはこういうのも良いんじゃないかと思い、今回は温泉シャーク2の感想を垂れ流そうと思います。

当然ネタバレは含みますし、主にクライマックスの描写の話をするので、これから映画鑑賞予定の方はブラウザバックしてお早めに劇場に突撃してください。

私もなんか早期終映しそうだな~と思って行ってみたら休日の真昼間に7人くらいしか座ってる人いなかったのでマジでヤバいと思います。

 

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以下ネタバレ注意

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【感想】温泉シャーク2 九州大決戦

結論:温泉シャーク2は「サメ映画とは何か?」という問いに対する1つの普遍的な回答――「大人の馬鹿馬鹿しい夢」である

これについて複数の論点から感想を述べる

 

 

①意図的な世界観の崩壊――夢見るJK、なぜか礼儀正しい少女

これは断言できるのだが、今作主人公を女子高生にしていることによって、温泉シャーク(無印)にあった「大人が全力で昆虫採集をするような馬鹿馬鹿しさ」というシャーク風味を大きく損ねており、しかもそれは意図的である。

まずB級サメ映画を成立させるためのお約束として、大人たちがイディオットボールを大量所持する必要がある。

そしてツッコミどころ過多の状態にしつつ、鑑賞者に心の中でそれをツッこませるものの、最終的にそれらがオーバーフローし、鑑賞者がツッコミを一部放棄して単純にB級サメ映画を楽しむという心理的儀式がサメ映画の肝なのだ。

その心理的儀式に水を差すように「ちょっと不真面目で真面目なJK」を主人公として配置しているのがこの温泉シャーク2である。

東京に対して過度な夢を持ちつつ、進路がフラフラしているものの、彼女は彼女なりに本気であり、その本気が物語を進めていく・・・こういった幼気さと勇気を見せつけられた時、我々の視点はもう「保護者」になってしまう。

こうなってしまったら本来サメ映画は「おしまい」なのである。

折角イディオットボールを大量所持した大人がCG技術に付き合う形で、変顔で見せ場を作ったとしても、一見真面目そうな大人が陰謀論じみた独自のサメ用語をアポカリプス的に主張したとしても、「保護者」と化した視聴者の心のツッコミは「何やってるの?」1つとなってしまう。

つまるところ、サメ映画の肝となる「大人がバカやってるぞ!お前ら視聴者もバカになっていいんだ!」という隠れた主張を敢えて阻害し、常に「何やってるの?」が頭の片隅にどこか張り付いた状態で視聴しなければならないのがこの温泉シャーク2なのである。

この仕掛けは「2人のいい年したオッサンが目の前でサメにブンブン捕食されている中、少女がその情景をぼーっと見て、サメが爆発して解決した後になぜか少女が礼をして去っていく」シーンが顕著である。

これはどういう経緯で挟んだかは知らないが、このシーンが採用されていること自体は明らかに意図的かつ象徴的である。

この作品は「知性が大人と子どもで意図的に逆転している」のだ。

 

②サメCG演出過多+人間ドラマ激薄問題

これはどこまで意図的かはわからないが、本作の構成は「結構早い段階で物語の黒幕が正体を現し、それ以降はほとんどサメとの戦闘・共闘を描く」ような構成となっており、鑑賞者は醤油やワサビもなく永遠にマグロの赤身を食べるかのような感覚に陥っていく。

正直、監督や脚本家がキマりすぎた説も濃いが、私としては一種の問題提起のように感じざるを得ない。

「サメ映画はサメの映画なんだから、人間を置き去りにしてこそサメ映画である」という問題提起だ。

特に人間ドラマが意図的に薄味になったシーンとして、義父がサメ毒的な何かに倒れて遺言じみたことを言うが、隣で泣いてるJKも義父も何にも回想的なシーンを出せずにJKが「楽゛しかっ゛たよ・・・」と言うしかない下りがある。

非サメ映画監督や脚本なら絶対過去回想とか盛りに盛ってお涙頂戴と行くが、サメ映画ではバッサリとこれを捨象して次のサメバトルパートへ行く。

興味本位ネタバレ覚悟でこの記事を見た人間は今すぐ劇場に行ってほしい。絶対に「この監督、人間よりサメの方が好きだろ・・・」となる。

 

とはいえ、本作が人間(特に鑑賞者)に寄り添っていないかといえば否である。

正直カメラワーク(特に黒幕キャラの見せ方)や随所に挟まれる説明パートの唐突な入れ方、その物量、その馬鹿馬鹿しさ・・・どれを取っても観客に「ツッこませる」ためのテンポの良い工夫が施されている。

しかしそれらは①で述べた通り、意図的に「何やってるの?」に上書きさせられるのだ。

 

そして本作は象徴的なクライマックスを迎える。

 

③子どもは夢で終わり、大人の夢は終わらない

私はこのクライマックスシーンのせいで長々と記事を書いている。

JKは戦いに勝利し、美大を目指す普通の女子高生に戻る。

そして催眠から解かれたように、サメと人間の意思疎通の形跡が消されるのだ。

本作に「作者」という主体を置くのであれば、「作者は最後の最後に物語の中のJKの将来を守った」と言える。

そしてそのこと自体が、「サメ映画が世代(特に親子)を継承する文化とすることは馬鹿馬鹿しい、本当にそういうのはやめておいた方がいい」と自嘲するような寂しさを感じざるを得ない。

確かに、一部の界隈でカルト的な人気を誇るサメ映画はもはや一時期の流行ではなく「流行と文化の境目」にあるかもしれない。

 

そして最後の最後、スタッフロールが流れた後、「作者」はファンに「俺たちが本当に見たいもの」を見せつけるのだ。

 

2000億円借金市長とサメオタク女が、ありえない復活を遂げたマッチョを発見する。

 

このシーンに子供がいない、というより無印の初期メンバーしかいないということ・・・「いない」ということそのものが雄弁に語っている。

 

そう、我々にとってサメ映画とは「大人の馬鹿馬鹿しい夢」であり、「一代限り咲く大きな花火」であっていいのだと。

 

そういった遠回しの怪電波にカタルシスを感じながら、「温泉宿を継がなくてもいい」「大学に行かせる金ならある」と、その時だけ妙に保護者としての役割を果たしていた義父のシーンを思い出すのだ。

 

<総評>

・温泉シャーク2 九州大決戦は、B級サメ映画と分かってて見ても期待以下の「カスの超かぐや姫」を見させられる駄作

・しかし、一歩引いて見たときサメ映画に対する強烈なイデオロギーを発散した怪作と受け取ることができる

 →少なくとも「これサメ映画じゃなくてよくね?」とはならないため、サメ映画としては客観的に佳作以上の評定を出さざるを得ない

 

最後の最後でバカな大人の物語に着地したのが普通に嬉しかったです(バカな大人並感)

地球上に存在する価値のあるサメ映画でした。

ありがとうございました。

hotspringshark.com

3出たら一応見る予定だけど、さすがに興行収入スベりすぎて出ないよね・・・?

【非公式】 #JO胃SOUND 2026年10月課題曲でスコアアタック

<趣旨>

・毎月課題曲を2曲設定し、2曲の採点結果の合計点でスコアアタックします。

・一番点数高い人がなんか貰えるとかはありません。

・単純にみんなで歌ってリザルト晒したらどうなるかという実験です。

 

<レギュレーション>

・キー変更禁止

・楽曲の途中停止も禁止

・オクターブを変えての歌唱は可

 

<使用可能な採点機能>

・ 全国採点グランプリ

・分析採点マスター

※その他分析採点Aiなどは使用不可。分析採点マスター推奨。

 

<遊び方>

・ハッシュタグ #JO胃SOUND と撮影済のスコア2曲の画像を添付してXに投稿してください

・(追加ルール)Xに投稿後、この記事のコメント欄に該当リザルトのURLを添付してください(7/20追記)

※指定ハッシュタグ、2枚の画像が無い場合はスコアアタックから除外されます。

※現在Xの検索機能が正確でないため、記事のコメント機能を活用して再集計を行うこととしました。お手数おかけしますがご協力よろしくお願いします。(7/20追記)

画像

(画像について)

・曲名、得点、採点方式、歌唱した日時が映るように撮影してください。

・それ以外は映っていなくても大丈夫ですが、テクニック詳細まで映すことを推奨しています・

・AI加工などで得点を詐称することはやめてください。

 

<スコアタ期間>

2026年10月1日12:00~2026年10月31日23:59の間に歌唱を行い、Xに指定された様式で投稿し、この記事のコメント欄に該当リザルトのURLを添付してください。

 

 

<2026年10月課題曲>

youtu.be

①パラレルサーチライト(曲番号:644907)

 

www.nicovideo.jp

②熱異常(曲番号:612956)

 

 

<2026年11月以降に掲載するリザルト>

観測した範囲での

・スコアタ最高得点 ???.???/200.000

・①の最高得点 ??.???/100.000

・②の最高得点 ??.???/100.000

 

 

皆でレッツ #JO胃SOUND !!!

【真面考の會】天国の作り方を真面目に考察する【第9回】

タイトルだけ見れば宗教の話なんですけど、今回は一風変わってヤマモトガク兄貴の楽曲を考察します。

youtu.be

前回、楽曲考察そのものに関する議論を完全に終了させる記事を投稿したんですけど、

jyunreaistdoudoudou.hatenablog.com

まあ別に、いよわ曲以外のMV考察については、MVの手数に対して手数で考察するのはそこまで無駄なことではないと思ってます。

とはいえ私はめんどくさがりなので基本的に弱解決のスタンスを取らせてもらいます。

つまり何かというと、細かい考察は皆さんにお任せして、私は鼎談内容を参考に淡々と作者の私情を読み解いていきたいということです。

 

 

 

まあどうせ録音消されると思うので、リアタイで書いたメモだけ画像として残しておこうと思います。

會としての主張

↑で読み取れることだけで説を構築した場合、

本作「天国の作り方」は

・本人は「愚痴」と言うものの、実際は特定の人物に対する「共鳴」「警告」「絶望」「祈念」といった綯い交ぜな感情の発露であり、ハイレベルなMVによってそれらが捨象されすぎることなく普遍化した作品である

・特定の人物に関わることについて「嫌になっちゃった」ことに言及する楽曲であり、特定の人物に対する実質的な告発である

・「ひつじがいっぴき」の末路的後継作であり、意図的・非意図的含めて、結果的に特定の人物の作品へのアンチテーゼ、揶揄的言及にも似たMV表現がいくつか含まれている

と主張する。

また、関係者について

・ヤマモトガクは創作者の矜持として、たとえどれだけ自身の人間関係についてストレス負荷があったとしても、真実を言葉では語らずに創作で表現し、それ以上語らないことを是としている

・あーきとれーぶは仕事人としてヤマモトの創作者としての矜持を一定尊重しつつも、「全部ぶちまけちゃって楽になればいいのに」的な心情を一定持っており、あくまで人生の先輩として俯瞰している(どっちが年上かは知らんが)。

 ・また、本件の真実についてヤマモト経由でほとんど把握しており、作品にも大きく反映されている

・環田考は本件の真実についてある程度教えられているのみであり、それにより基本的にあーきとれーぶのアドバイスを経由しなければヤマモトガクがOKを出せるようなものを提出できなかった可能性が高い・・・という構造的問題があった

と推察しています。

 

めんどくさい①~リファレンス軸の特定~

もう↑で弱解決の結論出たんでこの記事終わらせてもいいんですけど、皆さんへのファンサービスとして、もうちょっとだけ詳しく話さなければなりません。

「ひつじがいっぴき」のセルフリファレンスが自明であるとして、それ以降のPeg(ヤマモトガク)作品と本作がどう関係しているかという部分です。

実は「天国の作り方」が出る前から、「特定の人物に対する曲」と「そうでない曲」の分別がある程度完了してまして、

<特定の人物軸>

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など

 

<特定の人物と関わった第三者に向けて>

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など(?)間奏でトラフィックジャム引用もどきなどがありかなり悪意ありますよね実際は煮ルになれなかったmanikaの話ですが

 

<自身のルーツや確執などについて>

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※狆くしゃは<第三者混合説>など諸説あり

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など

基本的に歌詞に中国語が入っていれば本人のルーツ言及系の曲であると見てOKです。狆くしゃについては現在「Chxxk者」の急所外しとする説が有力。

まあこんな感じで、ここ5~6年の作品は大体この2~3パターンに分類可能とする説が有力なんですよね。意図的に除外した作品からは目を逸らしますが。

なので、「天国の作り方」は「羊色魔不綺麗四月」をセルフリファレンス先と見れば大体MV演出や歌詞の共通点などが見れて気持ちいいと思います。

※エイプリルフールは「耿十八は」の精神的続編なため、「天国の作り方」とは関連性やや低め。→エイプリルフール段階では、環田には「綺麗な部分」しか話さずに作り切ることができた。

 

まあ、そんなこと見りゃわかるだろという話なのでわざわざしたくなかったんですよね。

 

問題は、「特定の人物」の作品に対するリファレンス(特に生命倫理系)をガッツリ採用しており、しかもかなり深い部分まで突っ込んでいることなんです。

(ディアマイは黒魔術だってはっきりわかんだね)

※学会では現在、熱異常に関する諸考察において、エントロピーの増大および熱力学第二法則に関する言及が行われているという説を有力視しています。

※「特定の人物」がしばしば使う「愛餐表現(通称:クッキー☆)」

ここで誤解しちゃいけないのが、全部意図的にこれらをリファレンスもとい借りパクしてる訳でもなさそうということなんですよね。

いままで「特定の人物」がやってきた表現の大喜利を、MV担当者が再発明して、ヤマモトが良いテイクを採用した結果、同じ表現の寄せ集め、同じ領域にたどり着いたと見るのが自然とされています。

でもって、考察者としてこんな絵合わせをするのは本意ではなくて、ここでの最も重要な論点は

「天国の作り方」全体のリファレンスは「ポプリさん」であり、ヤマモトガクが大幅な加筆を要求した結果、より「ポプリさん」に近い画面になった

ことなんすわ。

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これは知ってる人は知ってるんですけど、ポプリさんは本人がツイキャスでメリバであることに言及してるんですよね。

twitcasting.tv

なので、あーきとれーぶに「メリバ」を言及されるのはヤマモト的にはNGなんですよ本来。

※もう非公開になってますが、放蕩レコーズの一部メンバーで行った最後のツイキャスかスペースで、Pegがいきなり聖書の話をし出してゆきちやアオワイファイが咳込むというシーンがあったので、Peg(ヤマモトガク)界隈では「咳≒これ以上言ってはならない」のサインとして流通しているようです。

というか、ここさえ分かってしまえば、あとは一手詰めで

「天国の作り方」≒「俺は27歳を超えたし、特定の人物が望むような死に方はしたくない」≒「生きたい」

であることはもうこれ以上の説明が要らないくらい自明になってしまうんですよ。

これは同じ「生きること」を望む「1000年生きてる」とは別軸の「生きたい(死にたい)」を表現しているのが秀逸です。

「特定の人物」に訣別しつつ一分の理や人情を残しつつ、最期に消えて燃やされた先に遺る何かについて、僅かな描写なんですけど、十二分に寄り添っているのが良いですよね。

ということでほぼ非合法手でしたが、

・ヤマモトガクは二級術師として「特定の人物」に言及し、「ポプリさん」を軸にリファレンスするMVを呈示することで「2027年問題」を警告した。

という弱解決を達成したのでこの記事は終わりにしたいと思いま~~~~

 

 

めんどくさい②~なぜ与謝野晶子とヤマモトガクはキッチンを燃やさなかったのか~

これはどちらかというと「あーきとれーぶはなぜキッチンを燃やしたかったのか」という論点が適切かと思います。

いずれにせよ、まずヤマモトガクとあーきのそれぞれのスタンスを言語化する必要がありそうです。

<特定の人物/ペルソナで言うと「主人公の男の子」に対して>

ヤマモト(?):訣別・警告したい気持ちはあるが、創作の姿勢としては共感できる部分も多く、(ドMのミソジニストとして)同情してやりたい煮え切らない気持ちがある。とはいえムカつくので「嫌になっちゃった」「もうお腹いっぱい」と言ってやりたい。

あーき(?):仕事に対する根本的な考え方が違うため、特定の人物には憎悪しかない。創作を仕事としてやっていくにあたって、もちろん感情を筆に乗せるのは重要だが、それで病んでしまったり死んでしまったりしては元も子もない。それで、せっかく産まれるはずだった創作(女の子)が産まれることなく死んでしまうのであれば、それは自己に対しても創作を受け取ってくれる社会に対しても悪である。

と、勝手に代弁できそうですね。

ここで重要なのが

・「主人公の黒魔術的創作」と「愛餐」はどちらも創作のメタファーである

ただし

・「黒魔術」は主人公の生活も命もメンタルも削っているが「愛餐」は逆にそれらを育てている(これは料理・食事と同じで、生活に立脚した創作として表現されている)

という部分なんですよね。

 

だからヤマモトっていうかPegは「特定の人物が最期に愛餐を捨ててほしくない」んですよ。

これはもう死なれるより辛い。

ある程度Pegは特定の人物と同一視して自傷自嘲する作品を発表しているのでね。

www.nicovideo.jp

自分の生活の根元にある創作部分を自分で焼くって本当に辛いんですよ。

 

それに対して、あーきは外野として、仕事人として俯瞰的な視点から逃げないんですよね。

・この男は生活を蔑ろにしている以上、最後にキッチン(創作)まで燃やして消えるのが道理である

・ヤマモトはもっと音楽のことを話していい、ぶちまけていい。俺らの飯の時じゃなくて

というスタンスを崩さない。

 

方針の違いが最後まである中で、この作品を衝突しながら作り上げられたのは奇跡ですし、環田さんの愛があったんだろうなという所感にならざるを得ないかなと。

いやぁ本当にみんなすごいですよ。

 

<キッチンを燃やさなかったことにより発生した効果について>

「誰が誰を殺したか」について複数の解釈が生じる効果がありますね。

具体的に言うと、

・創作者が創作を燃やして殺した・・・創作者生存のメリバエンド

・創作(死者の魂が乗り移ったマネキン)が創作者を刺殺して、それ以外の創作を燃やした・・・死者蘇生のゴシックホラーエンド

の2パターン用意されたまま終わってるんですよね。

※まあそれを消費し愛餐の材料にしている視聴者という第四の壁真エンドはほぼ固定なんすけど・・・(ここで画面四隅固定のナイフフォークが活きる。この作品も食べられる運命)

まあ正直キッチン燃やすのは「行為者不明なカット」にしておけば複数解釈の余地残せるので、本当にヤマモトが嫌がったんだろうなという所感が大きいです。

また、最後に電子レンジ使う(上位存在?)オチの威力が下がるのでそもそもキッチンを目立って描写しないのは直観的に正しいですね。

個人的にはこの最後のネタ帳描写が秀逸だと思います。

これ普通に

・創作者が最後見て燃やすと決めた

・創作側が「創作者が拵えた創作の卵」を見て、捨てた

の他に

・消費者が創作者を殺した後、ネタ帳を見て燃やした

という第三の炎上エンドも解釈可能となっており、なおかつどの解釈をとってもそれぞれの激情が見えてくるのが素晴らしいんですよね。

 

なんか純粋に創作消費を楽しみ始めてるので終わりにしますね。

 

めんどくさい③~もっとここすきぽいんとをおしえてください!~

もう十分堪能したよ・・・

お前眠れるじゃねえか!(かわいい)

擬似ウエディング表現とかいうガチの禁止カード

 

一応「しめん」と発音してそうだが、「死ねんなら」の急所外し。

→やれたらやるね(自●示唆)に符合

シルクロード示唆(キャラバン、砂上の歩き方)

落涙読み:フィクション包むダウト

→綺麗じゃない参照、マジで落涙先が歌詞と符合するの助かる。

 

落涙読み:”苦行”

※狆くしゃ理論で行くと、放蕩レコーズメンバー(全員馬鹿)の誰かが「特定の人物」の創作姿勢に対して「苦行」であると苦言を呈した説あり。アオワイファイあたり?

 

落涙読み(?):ネタ仕込んだ

→MV演出+後の「馬鹿には分かんないさ」に符合

 

アカーン!(宮●大輔)特に下の句がヤバい

 

愛餐表現あるある:非意図的であろうと全部描写が繋がる

 

落涙読み(?):去っちゃってんだよな

俺ここの歌詞が一番好きかもしれん。

い●わガールズってフィリーソウル(牝馬の魂)なんすね。

当然音楽ジャンルとしての「フィリーソウル」と読み取っても意味は通じますし、こういう両義性のある歌詞をそっと出すのが芸術点高いと思います。

これに繋がる下の句も秀逸。

あと、シンプルに一番好きなシーンはここかもしれん。

ここが一番対比として最も美しく壊れている描写。

 

やっぱ強解決好きなんすねぇ

は?だまれ

 

 

もしこの記事が嫌だな~ということがあれば、匿名ではなく直接DMとかで言ってきてください。

 

 

 

 

 

 

ということで100万再生までよろしくお願いします。

youtu.be

【真面考の會】楽曲考察のあり方を真面目に考察する【第8回】

最近本当にレベルの低い考察が散見されますよね。

改めて現時点で「真面考の會」がどのようなスタンスで考察活動を行っているのか説明すべきだと思いました。

今回は仕方なく、「いよわ曲」考察の現在についてお話ししようと思います。

 

 

弱解決でいいじゃない

なんかね、それは考察じゃなくてあなたの二次創作なんじゃないですか?とか、いろいろ言いたいことはあるんですよ。

とはいえそんなことを言っても仕方がないのでシンプルな論点を提供させてください。

「考察は何かしらの問題を解決するための手段であり、考察そのものが目的化してはならない」という論点ですね。

だからシンプルな話、考察した結果その作品の世界観が広がっちゃ駄目なんですよ。

 

それはね、二次創作なんです。

 

考察する以上、何かを解き明かして「この作品の範囲はここまで!」「これ以上は作者は考えていない」を規定しなければならないはずなんです。

 

でもこれはね、すごく嫌われるから皆やりたがらないの。

 

みーんなね、作者は素晴らしい、作者はここまで深く考えてるとほざいて各々のくだらない知識を、さも作者が知ってるかのように吹聴して無意味に世界を拡大していくんです。

そっちの方が作者を立てることができるし、考察者(笑)側も自分の知識をひけらかして承認欲求を満たせるから都合がいいんですよね。

でもそれはね、ただの二次創作ですし、普通に作者にとって失礼ですからね。

 

そういうのは考察になってないですよ、って。

しっかり結論を出して皆に嫌われましょう、夢を終わらせましょうというのが私のスタンスなワケです。

 

しかしここで1つ別の問題が発生します。

「理論上、問題設定は無限に可能である」

「無限の謎に対して無限の解決を用意しなければならない」

というエンドレスエイトですね。

 

それを解決・・・というか、

「私が考察するのはここまで」

「あとは作者が墓場まで持っていっていいよ、というかさっさと忘れて問題自体を地球上から無かったことにしろ」

と線引きするのが「弱解決」「強解決」の概念なんです。

 

まず、強解決をやめろ

一言で言うと、「弱解決ができればその楽曲の考察は打ち切っていい」ということです。

弱解決は

作者本人の精神世界において、その作品がどういう立ち位置か、あるいはどういう役割を果たしているかが判明している状態

と定義します。

線引きの根拠、妥当性を聞かれると思うんですけど、そもそも論としてだよ?

 

創作というのは元来、表現者と受け取り手との精神的な対話である以上、受け取り手は表現者の精神的表現を体系的に受け取る責務がある

んですよ。

なんか皆そこを勘違いしている。

ただ目の前の人形劇を無理やりまとめて、無理やりストーリーに一貫性持たせて「ただ体系的にまとめる」ことに躍起になる考察が多すぎる。

そんなにバラバラのストーリーをまとめて体系的にするのが好きだったら、子どもの描いたデタラメな絵を100×100ピースのジグソーパズルにして遊んでりゃいいんですよ。

 

はっきり言わせてほしいんですけど、

考察の究極は、作者の精神世界から表出された表現を、作者の精神世界のまま理解すること

なんです。

作者の精神的表現がお前の精神性と共鳴して「すごい」だの「面白い」だの「きっとこういう考え方なんだろう」だのとほざいても、それはお前という精神世界フィルターを介して考えているのだから、それはその時点でお前ん家のリコやマリアなんですよ。

 

原典を、作者の精神世界とできるだけ同じ目線で原典のまま理解する

 

これができて初めて「弱解決」したと言えるわけです。

 

私はこの態度が、受け取り手として当たり前だと思ってます。

なんかユリイカ2024年10月号で難波優輝くんが「いよわ化する考察者」とかえらい派手に言うてましたけど。

多くの方が「いよわ化」の方向性を間違ってるだけで、別に文藝鑑賞というジャンルにおいて特段特殊なことはやってない認識なんですけどね。

 

まあその話は置いておいて。

これだけ御託を並べましたが、まあ「弱解決」主義には2つの本質が隠れています。

1つは「強解決」に対する実質的な撤退ですね。

強解決の定義としては

作品の制作背景やキャラクターの設定、関連性、歌詞の一節一節、PTDP(落涙読みと呼ばれる全ての隠し発音をまとめたプロジェクト)全てが判明している状態。

なんですけど、思想としては

作者が意図していない無意識的な部分に創作の深淵があって、それを考察できれば作者を作者以上に理解し、作者の過去現在未来を掌握できるという考え方を有しています。

 

これはとんだ思い上がりでしたね。

私が好きだった創作者がそんな掌握可能な薄っぺらい人間な訳ないじゃないですか。

 

とはいえ強解決に関連する考察が全部無意味で無駄ということでもありません。

強解決に書いてある要素はどれも弱解決のために必要なエッセンスですし、全部100%にしなくても、とりあえず要所要所を解明して弱解決の道具にしていかなければなりません。

 

従って、現在では、100%の強解決は不可能なので無理には追わないが、必要な検証は行いつつ、弱解決の目処が立った時点で考察から撤退するという動きが採用されています。

 

ここまで聞いて、気になった方もいるかもしれません。

作者本人の精神世界において、その作品がどういう立ち位置か、あるいはどういう役割を果たしているかが判明している状態

「精神世界の位置、役割って何?」

「他人の精神世界って分析可能なの?なんか倫理に反してない?」

という疑問点ですね。

 

安心してください。

バリバリ倫理に反してますし、倫理に反せず考察なんてできると思うなよ?

 

第三の心臓

画像が作者の精神世界を示す三層構造モデルであり、基本的にはフロイトの自我構造論と酷似しています。

内核P・・・ねむるピンクノイズの精神世界を司る。極めて内向的かつ排外的な性質を持つ。原則として世界観が固定化されており上書きされない(硬性)


外殻H・・・一部例外を除きわたしのヘリテージ以降の精神世界を司る。後述する外界Aの緩衝として生み出された世界。形式的な対外交渉が可能(ボカコレに相応しい曲や世界観が創られるなど)。SLIPなどの設定によって世界観が上書きされることもある(軟性)


外界A・・・本人の精神世界の一部ではあるが、現実世界(外界)を本人の視点で解釈したものである。精神世界を維持するために定められた物理法則や宗教観などが説明・適用されており、精神核(内核P+外殻H)はその外を出ることができない。外界そのものを皮肉ったり、内核Pに引きこもる自己を批判したりするなど、しばしば反骨的な性質をもつ。

これをもとに、あとは各楽曲が図のどこらへんにいるか説明できたら考察は終わりです。

とりあえず作者の精神世界の変容とかを追うことはできるので、それ以上の必要性というのは無いです。

また、少し突っ込んだ話をすると、基本的にSLIP以降の争点は「外殻Hを今後作者がどう扱うか」しかありません。

外殻Hは内核Pを守るために創ってしまったでっかい瘡蓋(カサブタ)ないし、火傷の後の水膨れみたいなもので、現状作者にとってはもう剝がしたり潰したりする対象なんですよね。

「かえりみち/なかなおり」では、「Side:Aのために一旦外殻Hの世界を遺しておくがSide:Iは実質的にその所有権を放棄する」という中間的な選択を行ったと言えます。

↑

はい!弱解決!もう新曲の考察終わった!

分かります?これですよ。

20,000字の考察より1文の自明なんですよ。

 

私は画像1枚と1文で

・内核Pは不可侵だが、安全基地として引きこもっているが故に外界Aによる自己批判の対象となっている

・外界Aによっていよわ曲の多様性は担保されており、例えば

 ・AKUMA!はマクスウェルの悪魔であり熱力学の言及をしながらSide:Jに「黙れ」と批判する曲

 ・散歩の邪魔は「散歩」と称して内核Pの精神世界以外から目を背けて歩き回っている作者自身を批判する曲(散歩の邪魔=外殻H+外界A以降の世界そのものが邪魔という内核Pの排外的態度そのもの)

 など、とりわけ無色透名祭の作品などで積極的な活用が見られる

・外殻Hなる瘡蓋を剥がすという、成長とも自傷とも取れる創作の試みを行うことによって、外界Aと内核Pの衝突を激化させ、精神汚染のリスクを取ってでもより爛熟した作品を今後生み出そうとしている

・上記のような精神世界の関係性さえ読み取れば、あとは任意の楽曲を代入するだけで自明な結論を受け取ることができる

ことまで説明したつもりなんですけど、私はそもそも非常にめんどくさがりですし、弱解決の中にお前らに対する説明タスクは入ってないので、あとは自力で考えてくれやそもそも自明なんやからの気持ちでございます。

もしいよわガールズ世界が完結したら自動的に内核Pも消えて無くなるので、そこから【5期】が生まれるのであれば外界Aオンリーのワンアイデア作品の量産になるかな思います。それが本来のいよわの作風なはずなんでね。魂の核が抜けた創作に価値を見い出すかどうかはあなた方のジャッジによりますが。

ということでもう話したいこと一旦なくなったので終わりますね。

全曲とはいいませんが、かなりの主要楽曲が上記のモデルケースによって弱解決するはずなんで。

わからないことあったら、一旦お前らで考えてから質問してきてください。

回答は@iyomizuderaで行います。

 

とにかく長々と考察を垂れ流すのは生産性に欠けますし、結論でたらすぐ実生活に戻るべきだと思います。

お前らが考察もどきで人生を棒に振らないことを願うばかりです。

ここまで言ってそれでも考察で時間を無駄にするのであればもう知りません。

ごきげんよう。

【非公式】 #JO胃SOUND 2026年9月課題曲でスコアアタック

<趣旨>

・毎月課題曲を2曲設定し、2曲の採点結果の合計点でスコアアタックします。

・一番点数高い人がなんか貰えるとかはありません。

・単純にみんなで歌ってリザルト晒したらどうなるかという実験です。

 

<レギュレーション>

・キー変更禁止

・楽曲の途中停止も禁止

・オクターブを変えての歌唱は可

 

<使用可能な採点機能>

・ 全国採点グランプリ

・分析採点マスター

※その他分析採点Aiなどは使用不可。分析採点マスター推奨。

 

<遊び方>

・ハッシュタグ #JO胃SOUND と撮影済のスコア2曲の画像を添付してXに投稿してください

・(追加ルール)Xに投稿後、この記事のコメント欄に該当リザルトのURLを添付してください(7/20追記)

※指定ハッシュタグ、2枚の画像が無い場合はスコアアタックから除外されます。

※現在Xの検索機能が正確でないため、記事のコメント機能を活用して再集計を行うこととしました。お手数おかけしますがご協力よろしくお願いします。(7/20追記)

画像

(画像について)

・曲名、得点、採点方式、歌唱した日時が映るように撮影してください。

・それ以外は映っていなくても大丈夫ですが、テクニック詳細まで映すことを推奨しています・

・AI加工などで得点を詐称することはやめてください。

 

<スコアタ期間>

2026年9月1日12:00~2026年9月30日23:59の間に歌唱を行い、Xに指定された様式で投稿し、この記事のコメント欄に該当リザルトのURLを添付してください。

 

 

<2026年9月課題曲>

www.nicovideo.jp

 

① われらはハレ(曲番号:495257)

 

youtu.be

② アイリスアウト(曲番号:496288)

 

 

<2026年10月以降に掲載するリザルト>

観測した範囲での

・スコアタ最高得点 171.762/200.000

・①の最高得点 85.915/100.000

・②の最高得点 86.074/100.000

 

 

皆でレッツ #JO胃SOUND !!!

【JO胃SOUND】分析採点マスター80点難易度表【2026/8/28~最新】

前作

jyunreaistdoudoudou.hatenablog.com

JOYSOUNDの分析採点マスター(分析採点Aiではない)で、あまり歌唱が得意でない一般男性が80点以上を獲得する際の難易度を10段階に分けて表示しています。

 

<レギュレーション>

・キー変更禁止

・楽曲の途中停止も禁止

・オクターブを変えての歌唱は可

 

<特殊楽曲について>
・互換可能曲・・・2曲以上の楽曲のうち、どれか1曲でも80点以上を獲得した場合、どちらの曲もクリアしたものとして扱う。スコアアタックの際は点数の高いどれか1曲を提出してよい。

・サビカラ曲・・・サビカラの80点難易度である。原曲との互換性はない。

 

<備考>前作との変更点は以下の色で記載

昇格 1段階降格 2段階降格 新曲

 

 

★10 (人間による歌唱が想定されていない)

地球の裏

 

★9 (非常識な歌唱スキルが要求される。仕様上極端な減点を受けやすい。)

たびのまえ、たびのあと (tabitabi Remix)

新学期

 

★8 (代表的な難曲。高度な歌唱スキルが要求される。)

1000年生きてる

さよならジャックポット

ファイア・フライ

電気予報 or 電気予報(bachibachi Remix)・・・互換可能曲

うらぽしゃ

 

★7 (やや難曲。高得点を取るには入念な練習が必要。)

たびのまえ、たびのあと 

キャットファイト

花蟷螂

アイリスアウト

わすれモノ

ディアーマイウィッチクラフト

SLIP

異星にいこうね

灰色の靴

 

★6 (安定して80点以上を取るには一定の練習や歌唱スキルが要求される。)

ヘブンズバグ

真夜中はつ雪散歩

IMAWANOKIWA

AKUMA!

散歩の邪魔

熱異常

深夜怖い

捕食ひ捕食

黄金数

黄金数(2024 ver.)

 

★5 (JO胃SOUNDにおける一般的な難易度。ここからは油断禁物。)

ハイヒール

無辜のあなた

水死体にもどらないで

間に合え結婚式

スーパーレア

ラストジャーニー

あだぽしゃ

たぶん終わり

マーシーキリング

三十九糎

マイワンダー

 

 

★4 (一部歌唱スキルが要求されるが、80点以上の目標達成に難くない。)

オーバー!

うわがき

クリエイトがある

つづみぐさ

平熱

勝手に生きましょ

寝言は寝て言え

ポプリさん

ミジ子の恋

みちなるひろがる

パジャミィ

FUN!!

粗大ごみの日

 

★3 (1曲目の声慣らしにおススメ!)

ももいろの鍵

われらはハレ

わたしは禁忌

大女優さん

ぷらいまり

パインドロップ

ゆめみるうろこ

終末のお天気

 

★2 (85点以上を目指しましょう。)

きゅうくらりん

[サビカラ]きゅうくらりん

くろうばあないと

一千光年

バベル

わたしは禁忌(2024 ver.)

刹那の正体

パラレルサーチライト

 

★1 (90点以上を目指しましょう。)

アプリコット

 

 

※気が向いたら更新します

※実際歌ってみて詐称逆詐称あったら報告ください

※この難易度表に未収録のJO胃曲あったら報告ください

【ボカコレ2026年夏提言】ユーザは「力の大会(仮称)」を開くべし

(著・純セメス/セメス証券アドバイザー名誉顧問)

 

ユーザの皆さんお疲れ様です。

 

ボカコレというイベントがえらい派手にやっていると聞いて、急いで提言をしたいと思い、書かせていただきます。

 

note.com

(緋築さんという方がわかりやすくまとめていますね。)

 

 

 

 

私はこの騒動の是非についてあまり興味がありません。

 

ユーザ、運営、協賛企業など、それぞれの正義があり、どれが正当かを選ぶことに意味も価値もないからです。

 

今回私のお客様向けにお伝えしたいことは2つだけです。

 

 

ボカコレの時だけユーザは舐められている

あたりまえでしょう。

 

今なんかプレ垢が月1,000円近くするみたいですね。

あまり私は気にしたことないんですけど。

 

誤解しないでいただきたいのが、月1,000近く払っていただけるなんてそれはお客様なワケですよ。

 

運営にとってはありがたいありがたい。

 

通常の場面においてはそうです。

 

しかしボカコレとなれば話は変わってきます。

 

ユーザはボカコレ協賛企業などのお金の流れを知ることができません。

 

とはいえ、積まれている金額や利権などを想像すれば、ユーザ1人1人の声など虫ケラ同然になるのは想像に難くないでしょう。

 

そもそも論として、ルールを厳しくすればするほど得をするのは、ルールを守れるボカロP。

 

つまり協賛企業やそれに付随する音楽会社が抱えている雇われボカロPですからね。

 

私は本件についてこれ以上言葉を重ねて丁寧に説明する気はありません。

 

私が伝えたいのはね、こういった構造から目を背けて対話を試みようとするのは愚かしいということです。

 

無駄とまでは言いません。

 

ニコニコのお問合せ窓口に意見を送るのはさぞ血が流れなくて建設的でしょう。

 

しかし、それを受け入れるかどうかの生殺与奪は運営と協賛企業が握ってるんですよ。

 

何も権力構造変わってないですから。

 

もし後で役職上の人出てきて土下座で謝ってきても意味ないですよ。

 

何も権力構造変わってないですから。

 

また同じ過ちを繰り返しては炎上するだけです。

 

本当に意味がないんで。

 

そこを認識してやっと、初めて、「じゃあどうするんだ?」と。

 

テロでもクーデターでも起こすのか?という話になる。

 

結論から言いますと、そこまでする必要はない。

 

我々は対話が成立しない権力構造があったとしても、知恵とユーモアさえあれば、暴力に走る必要はないんです。

 

 

ユーザは「力の大会(仮称)」を開くべし

 

ボカコレの裏でユーザ企画を走らせればいいだけです。

 

大丈夫です。

 

業務妨害として事前に摘発されるような物騒なイベントではないつもりです。

 

次のボカコレ開催日はいつか知りませんが、2027年1月27日からとしましょうか。

 

ここで開催されるユーザ企画が、ボカコレの基準よりも信頼できる指標として機能すればいいんです。

 

そして1位がより名誉あるものとして機能すればいい。

 

ルールはいたって簡単。

 

1つずつ順番に行きますよ。

 

 

「力の大会(仮称)」ルール

 

 

 

 

①開催日時は、ボカコレex開催日の0:00:00から

(実質ボカコレexより19時間フライング投稿可能)

 

 

 

 

②開催終了日時は、その次のボカコレ開催日前日の23:59:59まで

(一度開催されれば、ボカコレが続くまで永遠に自動開催され続ける)

 

 

 

 

③ボカコレタグ関係なく、ジャンル関係なく、期間内に合成音声を使用した動画を投稿すれば、その動画は「強制参加」する

 

 

 

 

④期間中、投稿した動画が運営などによって削除された場合は、その動画を「失格」とする

(非公開は、非公開中のみ資格を失い、再公開によって権利が復活するものとする)

 

 

 

 

⑤期間中、100万再生に到達した動画のみ、到達が早い順で順位が付けられる

(いいね!等の指標は全く無関係。開催後にいち早く100万再生に到達した動画が優勝。性質上順位は入れ替わらない。順位確定後の失格は不問)

 

 

 

 

⑥開催終了日時までに100万再生に到達しなかった動画は「失格」とする。

 

 

 

 

⑦上記の失格要件を回避できるのであれば、100万再生到達のためにあらゆる手段を用いてもよい

(広告爆撃、再生数工作、互助行為、動画演出その他一切を認める)

 

 

 

 

⑧力の大会に主催者と褒賞を設けてはならず、大会によって発生する損害は全て個人の自己責任とする

 

以上

 

 

いかがでしょうか。

 

とても簡単でしょう。

 

何がって、管理がですよ。

 

ニコニコ大百科に「力の大会(仮称)」順位一覧を設けて、その時見に来たユーザが管理するだけで事足ります。

 

皆さんの大好きな2008年~2012年にはボカコレが無かったんですから。

 

100万再生、伝説入りが「勝ち」の指標だった。

 

それだけの話じゃないですか。

 

とはいえ重要なのは上記に示した①~⑧のルールではありません。

 

 

 

ボカロ文化はユーザが作り上げなければならない。

 

ボカロ文化の生殺与奪を運営に渡し切ってはならない。

 

ユーザが知恵を絞って対案を出し、実行しなければ何も始まらない。

 

 

こういうことです。

 

本当に口だけ講釈を垂れて偉くなった気になっている人間が多すぎる。

 

本当にあなたがボカロ文化を愛しているのであれば、口を動かす前に行動するべきだ。

 

対運営ではなく、心を同じくするユーザ同士が計画を立て、実行すべきだ。

 

そういった努力を怠った結果が現在なのではないですか?

 

私は本気でそう思っていますよ?(今回ボカコレ期間中に10万再生行った曲無かったので全員失格で良いと思います。そっちの方が平等だし、ノーコンテストが一番平和でしょう)

 

おわりに

 

後はお任せしました。

 

私は良い新曲が聴ければ何でもいいので失礼させていただきます。

 

ごきげんよう