ファニー・インシピッド・キャンディ・ベンダー 解説 考察ヒント記事

正直なところ皆さんの方が煮ル果実さん(以降、呼び捨て、煮ル本人、煮ル、煮など)の作品について詳しい部分が多いと思います。

ただ2024年の動き(厳密には2023年後半~2024年前半あたりが制作期間)などを考えるとですね、どうしても私から話さないといけないこともあるのかなと。

敢えて話せる範囲で話すという決断をしました。

話せないことは話さないのでご容赦ください。

 

 

サルバドールは「こっちのダリ」であるという誤解

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基本的に「サルバドール」を解釈する際、「そっちのダリ」を考慮に含める必要があります。

また、

・「こっちのダリ」が「そっちのダリ」に向けて「(死んでいる)君が救い」と言っている

・「そっちのダリ」が「こっちのダリ」に向けて「(生きて作品を遺している)君が救い」と言っている

のかで解釈が分かれます。

分かれるってことにしておきましょう。

 

そう考えたときにラスサビの

いつまで殻(たまご)に閉じこもんだ
枯らせムード&ブーム 地獄で待ってんぜ
それじゃお先に さらば堂々奴隷

に関しては

・「そっちのダリ」が「こっちのダリ」に向けて「地獄で待ってんぜ」と言っている

・「こっちのダリ」が「未来がある創作者」に向けて「地獄で待ってんぜ」と言っている

ことはあっても

・「こっちのダリ」が「そっちのダリ」に向けて「地獄で待ってんぜ」と言っている

ことは論理上厳しいんですよね。

 

つまり基本的にメッセージの方向は

「そっちのダリ」→「こっちのダリ」→「未来ある創作者」

の一方通行であることを今回の考察の前提にしたいんです。

 

敵対・共謀・警鐘・畏怖

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本題に移るんですけど、今回投稿されたキャンベは「サルバドール」を追記するために敢えて「消費者」について比重を傾けて語っている作品と言えます。

これに関しては人物整理を行えば見えてくる話ですね。

 

象徴:量産型の消費者、ニコニ広告での再生数水増し効果

Side:J´("月末高嶺の悪魔が洗脳"とは面白い落涙)

象徴:創作者、煮ル果実本人

Side:nf(自分に「破滅」と名付けるのはなかなか洒落てるねえ)

象徴:どっちものダリ、創作者としてのマスターピース的存在、名前を言ってはいけないあの人

Side:B,I

他にも登場人物はいますが、【CANDY VENDOR】とは何なのかという論点に触れましょう

 

これは一旦「流行を運ぶ者」と釈した方がしっくりきそうです。

※「思想・価値観を運ぶ者」「啓蒙者」と釈すこともできますし、本質的にはそっちの方が適当かもしれません。

象徴:量産型の消費者、ニコニ広告での再生数水増し効果であるMW(創作者でない)が【CANDY VENDOR:ROBOT】であることは非常に示唆的です。

いくら流行や啓蒙の起点が創作者であっても、口コミや広告宣伝や二次創作などで「消費者が消費者に流行を運んでいく」場合がほとんどなのです。

もちろん、創作者が元々伝えたかったメッセージなどが「消費者が消費者に流行を運んでいく」過程で歪められたり、商業的に利用されたりしても【CANDY VENDOR:ROBOT】にとっては何の不都合もありません。

これはラップ対決にも見られる通り、思想的な敵対としてしばしば描かれています。

しかし、同時に彼らの関係性は「創作者×お客様」でもあります。

また、広告宣伝してくれるようなパトロンを失えば今後の創作活動も脅かされるかもしれません。

作品全体を見れば伝わるものですが、やはり両者は思想的な敵対以上に「共謀者」として描かれているのです。

これを踏まえて他の登場人物を押さえていきましょう。

 

象徴:仕掛け人、計画者

Side:J(一応花言葉を調べましたが・・・私がそういう人間に見えますか。へぇ~↑)

量産型の消費者を統べる一個人として描かれていることは留意すべきでしょう。

その一個人が誰なのか全く見当もつきませんが・・・

【CANDY VENDOR】の称号が冠されていない理由としては、その一個人が「流行を運ぶ者」としてではなく、また別の指針に基づいて行動しているから・・・と考えるのが適当でしょうか。

また、【ENGINEER】の眼鏡に映る隠しキャラクターにも考慮が必要です。

このキャラクターの解釈は難しいですが、敢えて名付けるとすれば

「第四の壁を破る者」でしょうか。

そのキャラクターあるいは人物が第四の壁を破って飛び出してきたのか、【ENGINEER】が画面に手を突っ込んでキャラクターを引っこ抜いてきたのかは一考の余地がありますが・・・

説明をくどくどするのも無粋なのでこれくらいにしておきます。

 

登場人物整理において、彼らを無視してはいけません。

キッズ(象徴:未来ある創作者・消費者)です。

作中のキッズは現代の創作者・消費者のありようそのものと言えるでしょう。

量産型視聴者の感想に一喜一憂し(あるいは再生数やビデオクリップ広告に生殺与奪を握られ)

 

トレンド(視聴者像、ターゲットの好みであろうもの)やマネーに媚びて自我を失い

※未来ある視聴者自体も既にあるトレンドしか「良いもの」として認識できなくなっている

 

挙句には別の外的トレンドを追いかけて過去の作風は捨てる(そこにリスペクトはない)

※未来ある視聴者もトレンドを追いかけること自体が目的となっており、流行り廃りが激しい要因を生んでいる

 

本作は「さらば商業奴隷」と宣言した「サルバドール」と同じく、現代シーンに対する警鐘を鳴らしています。

「キッズ」を登場させ、【CANDY VENDOR:ROBOT】との関係性も示唆することによって、警鐘の内容もより具体化していると言えるでしょう。

しかし、本作においてより重要と言えるのは

警鐘の対象に煮ル本人の象徴が含まれていること

「流行を運ぶ者」としてシーンに加担することは誰だって避けられないこと

について言及しているという点です。

 

まず煮ル本人の視点から「今後創作者として生き残ること自体危うい」と考えることはごく自然で無理からぬことです。

確かに2024年の作品においては、過去作を継承しつつも新しい切り口でブランディングを行っていました。

しかし、作風が大きく変わったような体感をする消費者は少ないと見てとれます。むしろシーンの大きな変化に対して、良くも悪くも既存のブランディングを保守的に維持していると評価せざるを得ないでしょう。

とりわけ、niconico伝説入り(100万再生)クラス

Youtube1000万再生クラスのメガヒットというものは・・・

遠い昔のことのように思えてきます。

それに類する初動や手ごたえというものも、作者本人は最近感じていないでしょう(灰Φは若干芯食ったか?)。

 

そういった環境下で本作は、かなり自己言及的に「流行を運ぶ者」としてシーンに加担することについて今の気持ちや立場を歌詞と音に乗せている、、、と言えるのではないでしょうか。

 

そしてそれら全てを「マスターピースに対する畏怖」というオチに収束させているのです。

散乱した受話器が描写を読み解く鍵で、

スターピースは死してもなお、作品を通じて未来ある創作者・消費者たちに影響を与え続けるのです。

それと比較してしまうと、我々のやっていることは自己満足のスケールであり「葬儀費用稼ぎ」に過ぎない・・・と自嘲しているように見えます。

(ここに【ENGINEER】を連れていかないのが重要な塩梅ですね)

未来ある創作者・消費者に対し自戒を込めて批判することはできても、作品を通じて未来ある創作者・消費者たちに影響を与え続けるような存在からは程遠い。

 

あまりにも正確でトラジティな自己分析が光る一作だと認識します。

最後に作者本人の創作観が光る一作を考察して今年を締めくくりましょう。

 

Mr.ナプル殺果事件

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キャンベでは最後よくわからないオッサンが全てを締めくくったように、イアライでも最後よくわからないスコップが果実を破壊するという事件をほんの数フレームで表現し、

最後までよくわからないままスコップが出しゃばって終演するという異常事態を発生させています。

これは煮ル本人ともう一人の創作観の衝突を演出していると解釈できます。

 

まずは煮ル本人の創作観がよく分かるTipを見てみましょう。

はい。みんな大好きMr.ナプル君です。

彼の存在に関しては煮ルの「果実=作品」の公式に則れば一意的に解釈可能です。

前提:Mr.ナプルは作品が作者の手から離れて独り歩きした理想の在りようである。

「理想?」と思った方も多いと思います。

実際のところ「邪魔者」「良くてライバル」として演出されることが多いですから

しかし、先ほど引用したポストにもあるとおり、ナプル本人は「史上最高のエンターテイナー」を自称し続けます。

まあつまりはこういうことです

・Mr.ナプルこそが作品が作者の手から離れて独り歩きした理想の在りようであり、それを体現するために作ったキャラなのは事実

・しかし、ナプルが「史上最高のエンターテイナー」と定義した場合、「自分の過去の作品の独り歩きこそが最高」であり、「今作る自分の作品は過去の栄光に敗北している」ことになる

・つまりMr.ナプルは理想だが、自分が現役である限り常に勝ち続ける必要のあるライバルであり、ナプルに頼らずあらゆるパフォーマンスをやり切ることが本人としての達成基準となる

そのナプルくんがね・・・

SATSUGAIされてる訳ですよね。

というかレモンも破壊されてるから、煮ルの作品全体(創作観全体)が、ロンギヌスのスコップによって破壊されていると取るべきやわな。

なんでそんなむごいコラボレーションが起きてしまったのか。

「もう一人」の年末の呟きなんですけれども、「もう一人」にとってかなり通底している創作観と言えます。

「宝探し」のためのスコップなんですよね。つまり。

ちなみにこの創作観においては煮ルだけでなく他の創作者にも描写されています。

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とはいえ「きんのたま」を掘り当てるためのスコップが作品の破壊に使われている理由が説明できていません。

 

なーんでスコップ暴走しちゃってんだろっ!

 

え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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戻らぬフィルムってなんだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天才(メンヘラ)のフリした凡人だよな。

煮ル果実さん、

来年もしっかりやってくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喋りすぎでは?

別に私は誰がどうとか言ってませんよ。

あくまで煮ル果実考察をやり切ったまでです。

あとは皆さんひとりひとりの考察であって妄想にすぎません。

 

来年はボカロ界にとっていい年になるといいですね。

これは本気で思ってますから。

ひとりひとりにとって飛躍の年になりますように。

 

よいお年を~~~!

以上、glare(グレア)でした。