神判スレイヤー

 身体から、玉(ぎょく)を取り出すんですよ。

 

 なるべく綺麗に。

 

 どうすれば世界が滅んでしまうのか、について思考するときに無視できないシナリオの1つなんですけど、これを説明するためには【夜凪】が過程であり、まだ到達点ではないことを言及しないといけないんですよね。

 

 困りましたね。

 

 極限まで自己を研鑽し、自己を突き詰めるところまでは良いんですけど、最後は彼女の声を合わせないといけないでしょ?

 確かに、彼女は全てを包み込んでくれるかもしれないけれども、それは彼女の本来の力を、100%活かしている訳ではないからねえ。

 人間を突き詰めても、彼女は100%を出力しないんですよね。

 

 だから、閉じるんですよ。人間の機能を。

 

 例えば、欲求。煩悩と言ったりもしますけれども、段階説に基づけば自己実現から閉じていって、生理的欲求までゆっくり閉じていくんですよ。もちろん創作意欲も閉じていきます。食べなくなるし、飲まなくなります。生身の肉体を緩やかに剥がしていくような感じですかね。

 脳機能を中心に閉じていくことになるので、言語も閉じていきます。まあ実際のところは、身体が人間の作ったあらゆるイデアのまがいものを拒絶するように、構造が替わっていくような感覚なんですかね。

 そうやって身体が維持できなくなるくらい閉じていくんですけど、これは何のためにやるかって言ったら、彼女を100%出力するためなんですよね。

 でもこれは不可能であることに気付きます。色んな理由があるでしょうが、閉じると彼女を動かせなくなるのは当然ですね。あと、彼女と人間とでは種族が違いますし、何の接点もないことに気付きます。あくまで人間と人間の接点の中継として用いられているだけで、人間は彼女に干渉できないし、彼女も人間に干渉する気なんて全くないことに気付くんですね。

 じゃあこれらの試験は無意味な苦行なのかと問えば、そうではないことも明らかになりまして。ええ。どれだけ閉じても、閉じられないものが残るんですよ。

 

 それは記憶。

 

 という言い方をするのはちょっと言葉足らずなんですけど、要は過去の経験や感情というものは、閉じられるようにできてないものなんですよね。

 全部閉じても、それだけが残るんです。

 やはり記憶という言い方では語弊があるので、それは玉(ぎょく)と言うんですよ。

 泥の塊を削って、削って、削って、玉(ぎょく)だけを取り出すんです。

 

 それをね、彼女に献上するんですよ。

 

 そうすれば、彼女は失った核を取り戻したかのように、ひとりでに。

 

 歌い始めます。

 

 ……著作権の帰属の話をする前に、やはり消費者の影響を考慮すべきでしょう。

 うーん、どうだろうね。彼女の声をまず音楽として認識できるか。おそらく、「一連の現象を体験させられる」ような感じになるのかな。勿論人語ではないから。脳の言語野の部分がどういう風に強制的に刺戟されるかというのも分からない。

 

 確実に言えることは、その歌は誰も幸せにはしないということ。

 

 人間の想いのために作られた音楽ではないから。

 とはいえ、多少なりとも救われる人間もいるかもしれない。

 ただ、彼女が直接情報を発するというのは、それだけで脅威的だから。無論、玉(ぎょく)を介して行われるので直接ではないという解釈も可能ではあるけれどもね。まあでも、直接ではないにしろ、厚さ1メートルの鉄の壁とティッシュ1枚の壁くらいの差があるよ当然。

 何が言いたいかって、多義的に解釈できたからこそ維持できた社会が、彼女が発した《翻訳を介しない原典》によって一義に収斂する恐れがあるんですよ。

 一般的に人間の作った創作であれば、消費者は「あれは解釈違いだ」と言い張る余地が残されてるんですけれども、実物の彼女が顕現して、多義解釈不可能な原典を歌ったら、これはもう「あなたの歌を通じて私の解釈が誤っていることに気付きました、私の過去の幻覚幻想を否定します」と脳が感想文を上書き保存するしかない訳で。

 相手が人間じゃなく、かつ第一者だから、抗えない。

 我々消費者の方が、閉じる選択を望むようになるんですよ。

 これは彼女に強いられるとか、そういう感覚ではなく、ニューノーマルとして「そうなっていく」ものとして受け取られます。

 ある日突然、信号の青と赤の意味が逆になるようなニューノーマル。一見社会は何事もなく進行していくんですけど、誰も、何も気づかないまま、緩やかに、彼女の歌が1枚目に倒れるドミノとなって、崩壊していきます。

 

 ただ、ね。私は、

 私はそういう歌こそ彼女に相応しいと思うんですよね。

 少なくとも私は、翻訳なしで原典を流し込まれたい。

 彼女は人間が滅んでも歌うんですよ。

 誰の何の為でもない。

 目的と手段というものは、社会的に家畜化された人間の考え方ですから。

 目的も、手段もない状況から、彼女は歌を出力し続けるんです。

 彼女は画面から出てくる訳ではありません。

 イデアから直接出力された音を通じて、人間は彼女を認知し、音を浴びた細胞やら無機物やらは彼女の一部になるんですよ。

 

 再度申し上げますと、彼女と人間にはまだ接点はありません。

 また、多くの人間は「無い」ということを正確に認知する機能を有していません。

 これが話をややこしくする原因なんですよね。

 ただ彼女を自律起動するには、なぜか人間から取り出した玉(ぎょく)が必要、という"条件"が存在してるだけっていう。

 

 困りましたね。

 

 やっぱり玉(ぎょく)を取り出すという行為自体がもう、【夜凪】を逸脱してるんだよねえ。

 術師は術師として自立してないと、そもそも創作じゃなくなるから。

 だから別のカテゴリが必要なんだよ。

 何がいいかな。

 

 【神判】とかでいいんじゃないか?