名前:稀碁(まれご)
年齢:25
職業:ボカロP
趣味:正義について語り合うこと
名前:朝遺乱徒(あさいらんと)
年齢:25
職業:ボカロP→会社員
趣味:正義について語り合うこと
青春時代、「正義」について語り合った彼らは3年ぶりの再会を果たす。
"Mary3to"メンバー
※このSTORYは全てフィクションです。実際の人物、団体、事件などには一切関係ありません。
EPISODE1
「天下を三分するのっ!!!」
やっと繋がった電話。第一声がコレ。
稀碁は3年で何も変わってなかった。
「俺がマスタリングしてやったのにクレジットにお…」
「ラント開けてぇぇぇーーーーー!!!!!」
BPM110のペースでインターホンの音が鳴り続ける。
嘘だろ?俺の家に来てる?直接?車でも2時間以上かかるはずだ。
日曜日朝9時、イカレた来客。
落ち着け。ヤツは強引に交渉しようとしている。
思考を巡らせる。
インターホンの音がBPM120で鳴り続ける。うるせえな。連打するな。
2分後、とにかく言いたいことが纏まったので、玄関を開けることにした。
EPISODE2
「ラントぉぉぉ!!!3年ぶりぇぇぇ~~~会いだがっだよ゛ぉぉぉぉぉ~~~~~」
上半身黒スーツ、下半身ピンクスカート黒パンストの稀碁が抱きついてきた。
稀碁は3年で何も変わってなかった。
「1つ、"Mary3to"はお前が作ったグループだな。俺は加入したつもりがない。クレジットに朝遺乱徒名義を入れろ」
「ラントは入ってるのぉぉぉ!!!!!」
「2つ、俺は2週間前の選挙で辻末に入れた」
「はあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛?????」
稀碁は白松レド推しだった。
「3つ、お前は将来新設されるであろう白松肝いりの政策、文化懸賞金制度を狙ってこのプロジェクトを立ち上げた……と読んでいるが、たぶん上手く行かないぞ」
「ラントが居たら大丈夫な゛の゛~~~~~!!!!!」
「俺入れたとして何人でやるつもりなんだ」
「4人!篳篥beatくんと!桜終期ちゃん!」
想像以上のビッグネームで少したじろぐ
「ほらぁ~入りたくなったでしょ?」
「逆に俺要らないだろ」
「要るーーーーー!!!!!ラントのために始めたんだから!!!!!」
3年経っても稀碁は変わらない。ボカロPとしての活躍も、奇抜な格好も、俺に対する意味不明な愛も。
だが何かひっかかる。まだ言語化できない違和感。
その違和感を探るため、改めて稀碁の計画について聞くことにした。
EPISODE3
「まずは、天下を三分するのっ!!!」
音楽界天下三分の計、大学時代に稀碁と俺でよく話した内容だ。
大成する音楽家は3種類あり、それぞれ、
●極限まで己の経験や感情を掘り下げる【夜凪】
●極限まで視聴者に対するファンサービスを考える【百城】
●ただただ無意味に二次創作され、消費される快楽的な音楽に特化した【麻薬】
に分けられる(逆に言えば、これらの3種類の内どれか1種に特化できなければ中途半端なまま淘汰されていく)、という考え方。
稀碁率いる"Mary3to"が俺にマスタリング依頼を投げた曲は、完全に【麻薬】タイプの曲だった。歌詞は完全に韻を踏むための「音」で、意味が捨象されていた。
「【麻薬】を選んだ時点で無理だ。今は活動を休止しているようだが……どうしてもGrandAirと比較されるし、消費期限が早過ぎるからどれだけバズっても文化懸賞金の対象にはならない。そもそも飽きられが早いデメリットは昔話したろ。お前のチーム3年保たないぞ」
「ツーマンセルのローテで行くの!」
「はあ?」
話によると、”飽きられ対策のために最低4人は要る”らしい。
原則曲はくじ引きで選んだ2人が作り、1人がマスタリングやミックス、必要であれば編曲を行い、残り1人はその曲に対して一切何も介入しない。
この手法を厳守することで”Mary3toブランドを維持しながら常に同じパターンでない、飽きのこない新鮮な楽曲を提供できる”と稀碁は読んでいるそうだ。
確かに4人いれば同時並行で2つ3つのプロジェクトは進められるから、将来的にはコラボ案件等も受けやすい。だが…
「なんでMary3toは16才高校生ボカロPなんだ」
「わたし!じゅうろくさい!!!」
「ふざけてるのか」
「誰も見ないぢゃん?」
これだ。このプロジェクトは経歴を詐称している。
視聴者を騙している。
これがある時点で俺はもうプロジェクトに入りたくない。
「今からでも遅くないからネタバラシて視聴者に謝れ。万が一国から支援を受けることになったら大変なことになるぞ」
「ラントって、そういうとこだけピュアだよねー?」
「は?」
EPISODE4
「てゆか?何で?」
「なんで辻末に入れたの?あんだけレドっちに入れてって言ったよね?」
「それはお前ら含めた一部の表現の自由陣営が露骨に辻末を落とそうとしてたからだ」
今回の表現の自由を巡る選挙はまず前提からおかしかった。
3年前の選挙で鈴木田が54万票を獲得したのは良いが、だからといって保民党から表現の自由議員を2人も擁立すれば必ず1人は落選するに決まってる。
そもそも論として、鈴木田が現職だった辻末を支援せず、あの演説が下手くそな白松とかいう漫画家を擁立したのがちゃんちゃらおかしいし、”白松100万票プロジェクト”なる無謀な計画を当初掲げたのは本当にふざけている。
間違いない。これは白松に票を集中させ、辻末を落とすための選挙だった。
鈴木田と辻末の関係が悪化していた説の論拠はいくつかあった。
鈴木田が立ち上げたホームページのUIを辻末がパクっただの、辻末がゲーム規制条例に反対する裁判を立ち上げた家族を支援したことに鈴木田が激怒した(国会議員は立法府の立場だから司法に肩入れするのは何事か!もし裁判に負けたらどう責任を取るつもりだ!)だの、叩けば埃はいくらでも出る。
辻末は鈴木田と違い、表現の自由関連とは異なる支持団体があった。
もし白松を擁立せず辻末に一本化すれば間違いなく54万票を上回る得票数で当選する。
立場が逆転する。鈴木田は辻末案に従わざるを得なくなる。
「稀碁、お前は確信犯か?」
「どーっちの確信犯ん?」
「裏事情を知らずに白松を推したのか?」
「んー?辻末を落とすためにやったよー?」
「他のみんなは知らないと思うーーー!」
ため息が出た。
EPISODE5
「なんでラントはボカロPやめちゃったの?」
「【夜凪】の才能しかなかったからだ」
「【夜凪】は極限まで己の経験や感情を掘り下げて曲を創る。これは、何年も、何十年もできることじゃない。どれだけ音楽を創っても、過去は変えられない。過去は同じだから、同じような音楽しかできない。」
「どれだけ金を貰っても、辛くなるだけ。苦しくなるだけ」
「稀碁、お前は【百城】の才能があってよかったな」
「ないよ、ラント。そんなの」
「ラントはラントだけの音楽ができるけど、私はそうじゃないもん」
「ブランドで負けたら、アイデアで負けたら、私の曲は誰かの下位互換だから」
「ラントの曲は、ラントしか作れないのに、なんでやめちゃったんだよおおおおお」
この話は5回目で、稀碁が泣き出すのも5回目だった。
正直、これだからうっとおしいんだよ。
稀碁は3年で何も変わってなかった。
さっさとクレジットに俺の名前を入れろ。
EPISODE6
「ぐすぅ……これでいいんでしょ?」
稀碁は徐にスマホの画面を俺に見せる。
「俺の名前が入ってるな。ありがとう。」
「もう帰るね…」
「待て」
咄嗟に声が出た瞬間、俺は違和感の正体に気付いた。
違う、稀碁はここ3年で変わってしまった。
「お前、そんな簡単に諦めるようになったのか?」
「……」
稀碁は泣き顔で俺の瞳を見る。
「よくよく考えたら、今回の訪問の第一声も前提からおかしい。」
「なんで天下を三分することが前提なんだ」
「昔のお前だったら、【麻薬】で天下統一を果たそうとするはずだ」
「なんでお前がバランスなんか考えるようになったんだ」
「お前はこの3年間で現実を知り過ぎたんだ」
「どうしちゃったんだよ、稀g
あの時、俺は興奮して少し矢継ぎ早に喋り過ぎたかもしれない。
「がっ…ま…」
俺は稀碁に押し倒されて、首を絞められた。
EPISODE7
「ラントが夜凪を二分しなかったからでしょ!!!!!」
金切り声で稀碁が叫ぶ。
「全部!全部!!!全部!!!!!揺らりんになったじゃない!!!!!」
揺らりんは今一番勢いのあるボカロPだ。メンヘラ女児からの人気が高い。
「や……めろ……手」
「私だけじゃ揺らりんを倒せない!!!!!止められない!!!!!全部揺らりんになる!!!!!揺らりんも自分を止められないんだよぉぉぉぉぉ!!!!!」
「宗教になっちゃうよ゛ぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」
「うるせえ!!!」
なんとか手を振りほどき、一転攻勢。
今度は俺が稀碁を押し倒した。
「さっきから意味わかんねえことごちゃごちゃ言って……」
時間が止まったかと思った。
たぶん初めてのことだったので、一瞬思考が止まったんだろう。
「たすけて……」
俺は怯えている稀碁を初めて見た。
EPISODE8
稀碁は揺らりんの過去を知っていた。
一部のボカロP界隈では有名な話なんだそうで。
ただあまりにも内容が呪いのように重く、その呪いが原動力となって音楽が作られ、多くの支持者を集めている様子を見るうちに、稀碁は精神的に耐えられなくなったらしい。
稀碁は俺よりも文化懸賞金制度について危惧していた。
Mary3toは少人数で懸賞金を掠め取るために組織したが、最適化されればアーティストを多く抱える大企業の大規模プロジェクトに懸賞金が集中するようになる。
そうなる頃にはプロジェクトを解体し、後は資産運用で悠々自適に暮らすつもりだが、個人で音楽を始め、個人で大きくなっていくボカロPの在り方はインボイス制度も合わさって完全に消滅する(極めて早い段階で企業が新人アーティストを青田買いする)そうだ。
結果的に個人のまま大きくなる「本物の」ボカロPは揺らりんだけになり、それ以外は企業が抱えている「偽物の」ボカロPしか大きく育たない。既存のボカロファンの多くは揺らりん側に付くだろう。もし揺らりんに文化懸賞金が入れば、個人で大金を手にすることになり、より揺らりんの音楽を利用し、権威化しようとする勢力も近づくようになるから、まずは天下を三分することでそれを避けたい……という話だった。
俺はその話を聞いて最初に思ったのが、
(考えすぎでは?)
の一点のみ。
結局揺らりんの過去の内容については教えてくれなかった(俺も知る気ない)けど、それによって音楽が世界を巻き込むような呪物になるなんて考えづらいし、ましてや宗教になるなんて大それている。実際稀碁にもそう伝えてみたが、
「揺らりんの曲は【死生観】【家族観】【人生観】を満たしてるから危ない」
と言って聞かない。
俺は揺らりんの曲がそんなにイデオロギッシュなものだとは認識していないので、こればっかりは分かり合えないなと思った。
企業がアーティストを抱える件も、正直今に始まったことじゃないから、危惧する意味が分からない。あと、マネージャーを付かせるのにも人件費が要るから、吉下興行のような相当な寡占が発生しない限り、稀碁の指摘するシナリオには到達しないし、むしろ将来的に企業が揺らりんを抱えてコンテンツを整理する可能性の方がよっぽど高い。
結局俺は
「考えすぎだから頭冷やせ。いつでもマスタリングの依頼は受ける」
とだけ伝えて稀碁を帰した。
EPISODE9
あれから3年が経った。
結局一度も稀碁からの連絡は無く、俺は一切DTMを触らないまま会社で働いている。
文化懸賞金制度が成立したのは良いものの、運用に関する問題が取り沙汰されていて鈴木田の当選が危ぶまれている。
あと、【1000年計画】と呼ばれる政党が立ち上がったのは特筆すべきだ。
文化の保存、継承、アーカイブを第一義にしている政党で、経済対策に関してはもⅦ国との連携強化を主張。児童虐待を始めとした家族問題の早期発見のために独自の機関を設ける施策案も魅力的だ。
実績はあるものの鈴木田と白松のせいで落選した与野党表現の自由勢力は皆この政党に所属しており、大きな票割れが予想される。
この、【1000年計画】の"スレイヤー"?っていう奴、面白そうだし、入れてみようかな。
EPISODE10
更に3年が経った。
揺らりんファン300万人が【1000年計画】に投票し、鈴木田が前回の3分の1しか得票できず落選して以降、未曾有の事態が発生していた。
保民党は鈴木田を見捨て、【1000年計画】を吸収することを提案。【1000年計画】がこれを快諾したことにより、揺らりんファン300万の大票田を獲得することになった。
おかげで表現の自由に関する制度は優先して通るようになったが、もⅦ外交や家族制度に関する政策も例外ではなかった。
ネット上、週刊誌ではもⅦ議員と保民党、アーティストである揺らりん自身との癒着問題を取り沙汰す報道もあったが、去年あたりから全く取り上げられなくなった。
家族による児童虐待の認知件数はここ1年で15倍に増加した。
EPISODE11
そこから更に3年が経った。
もⅦ国の制度に倣って創設された【子ども保全省】が家族観を管理するようになり、遂に俺は結婚や子育てといった将来を諦めるようになった。
15歳選挙権が認められたことにより、揺らりんの票田は1000万を超え、【1000年計画】を始めとした揺らりん関連宗教勢力に対して誰も逆らえない政治体制が確立されていった。
選挙期間中、保民党は選挙カーを使って揺らりんの曲を流している。
今回の選挙の争点は「リスペクトのない創作を表現の自由から淘汰すべきか」
だそうで。
正直、俺は過去のボカロ曲を消すかどうか迷ってる。
投票日の2日前、9年ぶりに稀碁からの着信。
急いで取ると、
「だから言ったじゃん」
電話の切れる音が続いた。
References
無い学問
https://twitter.com/music_shio/status/1313049029425557504
https://note.com/music_shio/n/na13ea50fbb73
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