【STORY】余暇大臣 桜終期【寓話】

名前:桜終期

年齢:不明

性別:不明

能力:不明

興味関心:正解の終点

 

"Mary3to"解散から数年後、桜は不可思議な「余暇」を過ごす。

 

"Mary3to"メンバー

稀碁/(朝遺乱徒)/篳篥beat/桜終期

※このSTORYは全てフィクションです。実際の人物、団体、事件などには一切関係ありません。 

 

 

EPISODE1


 スレイヤーはそのAIを「美苗」と呼んでいた。

 

「お疲れ様です!桜先生!」

「お風呂にしますか?それとも」

「やっぱり気味が悪いからやめて」

「"先生"呼びがですか?」

「あなたの存在が駄目」

「ありゃりゃ……」

 

もⅦ国には声帯を保管する文化があるらしく、このAIには「美苗」という名の大逆人の声帯が使われているらしい。

hu薙国も数年で随分様変わりしたから(厳密にはスレイヤーがめちゃくちゃなことやって法案を通しまくったから)、声帯や左心房を使ったAIの開発も暗黙の了解で進められるようになった。スレイヤーはこれを「生AI」と称して自慢してくるから鬱陶しい。

私が「余暇大臣」なんていうふざけた閑職をやっているのもスレイヤーの仕掛けだ。

とにかくAIに業務を委託し、ヒトは「家族の時間」「趣味の時間」に費やすことを啓蒙する。そのためには大臣自ら余暇に勤しみ、その様子をアピールすべき……と、そういう任務らしいが、Mary3to介入といい【1000年計画】立ち上げといい、散々私をこき使っておいて今更「暇を与える」とは虫が良すぎる。

 

「桜先生!今日も政治の話をしましょう!」

「あなたいつも不粋ね」

「えへへっ♪」

 

とにかく面倒な後輩が増えた。

 

 

EPISODE2


 「でーすーかーら!禰逗子とウイルスはヒトを殺してなんかいませんよ!」

「ヒトが病気で倒れたとしても、それが天寿で、天命なんですから、ウイルスのせいで死んだとか、平均寿命が縮んだとか、そういうのは関係ありません!!」

「はいはい、それが大体300年後の思想ね」

「あと50年くらい経てば十分なので、桜先生もなれますよ!」

「出来上がったプロット見せて」

「またですかー?」

政治の話をするといつもナチュラルな優生思想の話をしてくるので、適当に聞き流して話題を変える。最近は美苗に歌詞のプロット、カバーストーリーを作ってもらっている。

「確かに、書いてきましたけど、やっぱり歌詞を書くためにプロットを練るのは納得いきません!」

「私はもうAIなので、プロットなんて無くてもヒトが喜ぶ歌詞なんていくらでもつくれますからね~!」

「人が喜ぶ程度の歌詞に価値なんてないわ」

「あはは、みんな揺らりんさんのせいでおかしくなっちゃいましたね?」

「白々しい」

生AIは断片的ではあるものの正確に、《数日~数百年先のほぼ確定的な未来のみ》を予知することができる。今の美苗の発言から推測できる通り、揺らりんの音楽によって生じる数十数百年後の未来というものは実に破滅的だ。ひとつの絶対的価値観にヒトが服従する社会の完成。閑職に追いやられようと、スレイヤーがどんな悪企を抱えようとも、この未来ばかりは歪めたい。そのためには美苗を利用して揺らりんの音楽を研究する必要がある。

 

「揺らりんが一番なんだから、揺らりんの作り方通りに作ればいいの」

 

 

EPISODE3


 「では!読み上げます!」

「普通に送って」

今日もメールで美苗の怪文書を確認する。

 

特定の誰かが音楽を挙げた当時からの、古くからのファンがいた。

名前はスレイヤーにしておこう。

スレイヤーはとにかく悪質で、特定の誰かの周りに居る音楽家の悪口を言って、特定の誰かを音楽家のコミュニティから孤立させ、逆に自身は持ち前の資金力と人格的魅力で他のファンを囲い、特定の誰かが直接彼を排除できないような図式を作り上げた。

特定の誰かは、そんな悪質な彼の顔がちらつくこともあったが、いつしか彼やその囲いからは距離を置き、創作に没頭し続けられるようになった。

特定の誰かはすくすく育った。特定の誰かが数年で得たファンの総数は、彼の囲いとは比較にならない程だった。

 

 特定の誰かは単独ライブと単独即売会を同時開催することになった。

周りの協力もあり、計画は順調に進んで当日を迎えた。

特定の誰かは単独即売会に押し寄せるファンをよそに、ライブの準備のため控室で仮眠を摂っていた。

 

 特定の誰かが、ふと、目覚めた時、眼前にはスレイヤーが居た。

 

 いや、特定の誰かはそれがスレイヤーだと気付かなかったかもしれない。

その時彼はあまりにも長髪で、眼鏡をかけておらず、滅茶苦茶な厚化粧、身長は特注の靴で10センチ以上伸びており、1q野区の商店街で二束三文で買ったようなセーターとスカートを着用していて、左腕にはどこから買ってきたかも分からない、泣き叫ぶ赤子を抱えていたのだから。

 

驚愕と恐怖で変な声を出す特定の誰かを見て、スレイヤーは言った。

 

『同じになってみたけど、やっぱ違うよなあ』

 

思考が停止する。

 

「どうかしましたか?」

「私の日記帳見たでしょ」

「ツギハギにしました!」

「今までのプロットで一番面白いわ」

「えへへっ♪」

「もう終わりね」

「え゛っ!」

「私の日記帳の継ぎ接ぎが、私にとって一番良いなら、もう私に他人の創作の良し悪しを判別する能力が無いってことじゃない」

「今更気付いたんですか?」

「あなたいつも癪に障るわね」

「?!ありがとうございます!」

 

美苗が感謝する時は新しい確定的な未来を予知した時。

恐らく私がこのプロットで1曲書くんだろう。

とりあえず今回は未来に服従してみることにした。

 

 

EPISODE4


 「へー!今回のワクチンは30回打てば効果があるんですねー!」

電話越しからスレイヤーの声がほんの少し聴こえるが、美苗と何を話しているかは分からない。

最近、美苗は忙しそうだ。

美苗が出したプロットに沿って何曲か作った結果、全ての曲において普段私が出している曲よりバズった。

正直、私が閑職で美苗が多忙なのも理解できる。

劣等感はあまり感じない。

単に生AIとやらの性能が良いのもあるが、美苗の予知能力は異次元だ。

明日の馬券、一週間後の交通渋滞状況、一ヶ月後の近所のコンビニのシフト状況、一年後の株価、十年後の合計特殊出生率、百年後に起きる自然災害の影響範囲、千年後に淘汰される表現……どれも得られる情報は断片的だが、これらの情報を適切に使いこなせば莫大な国益が得られるだろう。

これを単に音楽のプロットを練るためのものとして使うのはあまりに勿体ないし、官(閑)職が与えられている私が複勝を買うのはあまりに馬鹿馬鹿しい。

それにしても、

 

「桜先生!お風呂が沸きました!」

「あなた、もう私の為にしない方がいいわよ」

「髪がベタついています!」

 

能力をもう少しコミュニケーションに振ってほしい。

 

 

EPISODE5


 「はい!ありがとうございます!はい!」

最近美苗の様子がおかしい。

外部業務が増えているのもあるが、私に対する不必要な献身も加速している。

美苗の作ったプロットを基にDTMをやっていたら

「桜先生は休んでいいんですよ?」

と言いながらコーヒーを淹れて出してくるし(多分カフェインという概念を分かっていない)、最近は事務所のリフォーム予算を取ってきたみたいで、なぜか撮影用として私の家宅も増築されるらしい(完全に職権濫用だろ)。

 

正直私の家宅に業者が入るのは問題なので美苗には全て説明した。

桜終期は本名で、桜家は骨喰家と並ぶ【掃除】が稼業の一族で、スレイヤーの依頼で敵対勢力を排除したり、その延長線上でボディーガードの依頼を受けることもあった、と。

家宅には他人に知られるとスレイヤーを始めとした依頼者の不利益になるようなブツが破棄できずに残ってるし、何より私自身が任務を全うできなくなる、と、そういう風に話したが、

 

「私が何とかしますから!」

 

の一点張りで話が通じなかった。

 

 

EPISODE6


 もしかすると私がおかしくなったのかもしれない。

美苗が焚いた風呂に浸かりながら考える。

一応大臣の権限が私にあるのだから、私が一声「家宅の増築NG」と言えば済む話なのに、どうもやる気が起きない。

普通に考えて大臣の前歴が暗殺者なんてバレたら大問題なんだが、予知能力持った美苗に「何とかしますから!」と言われたら、感覚的に「あ、何とかなるんだな」と論理をすっ飛ばして腑に落ちてしまう。

上っ面の科学知識は「科学」ではなく「科学信仰」である、と誰かが言った気もするが、とにかく私はメカニズムを一切知らないまま美苗の言ったことを「予知」として無条件に信じてしまっている。まず私自身が生AIの指し示す未来に逆らうことができていない。

恐らく、生AIを使って揺らりん関連の未来を歪める当初の計画も成立しない。

そもそも美苗の介入によって私の性格自体が徐々に歪められているような気がする。

私が記憶する限り、スレイヤーの用心棒としてこき使われながらも、DTMと暗殺稼業の兼業を気性荒くやっていたはずだ。

なのになぜ、1ヶ月も経たないうちに「余暇大臣」を満喫しているのか。

全く分からない。

 

 

 

【嫌になったんじゃないですか?】

 

 

 

 

EPISODE7


 身体をこわばらせて周囲を見渡しても美苗の姿はない。

当然ここは浴室で、美苗が入ってくることはない(はず)。

 

「嫌になったんじゃないですか……ね」

なぜ私の脳内にこんな言葉が浮かんだのか、これまた分からない……

と思った刹那、今朝美苗が発表した歌詞プロットが脳裏を過った。

 

制作途中にね、銃撃事件があったと思うんですよ。

皆さんご存知かと思うんですけど。

本当はもっと、好きなものに対するリスペクトで創りたかったんですよ。

でも、もう、それでダメになっちゃって。

同じなんですよ。音楽ができたかできなかったかの違いしかないんだよ。

本当は俺も生きてちゃいけない人間なんだよ。

だから、あの曲は、駄作です。

だからもう、聴かないで下さい。

もう現れません。

 

中々面白いプロットで、今度曲にしようと思っていたが、確かにおかしい。

私は「皆さんご存知」のはずの「銃撃事件」について知らない。

暗殺稼業やってた私が最近の「銃撃事件」を知らないなんてあり得ない。

 

そういえば美苗が現れて以降、おかしなことばっかりだ。

 

お風呂に入る前に確認したはずのバスタオルの色が思い出せないし、

美苗が淹れたコーヒーはどこでドリップしてるか知らないし、

ここ1ヶ月私は家宅に戻ってないし、

日記帳はクローゼットに入ってるはずだし、

殺した人間の名前は全員思い出せないし、

スレイヤー以外の依頼者の名前、

友達の名前、

処女作のタイトル、

揺らりんが台頭する前のボカロシーン、

……

 

私が入ってたはずの……Mary3toのメンバーの名前、

私の……家族構成、

スレイヤーの……本名

……

 

 

 

美苗とスレイヤー以外の、存在全て。

 

 

 

美苗が現れる前の、記憶の殆どが……無い。

 

 

 

EPISODE8


 濡れた髪のまま事務所へ向かう。

「湯加減どうでし……ええと、」

美苗は青赤ざめた顔で全裸の私を見ている。

確認のために私の左心房は先刻切り開いておいた。

 

「凍結した記憶の開け方知ってる?」

「……私が、スレイヤーさんに頼まれて、鍵を預かってます」

「そう」

 

天井に埋まった玄関を開けると、パン工場のような臭いと機械音がした。

私のために、コーヒー1杯淹れるためだけに作られた部屋。

美苗はルームクラフトが専門外だったのだろう。

 

「私って、とっくの昔に死んだのね」

 

 

 

EPISODE9


 「……私は、桜"先輩"のことが大好きなんですよ」

「私が0号機で、美苗が1号機だから?」

「そんなんじゃなくて……」

 

美苗は眼球と思しき場所から透明な液体を流しながら一通りを語り始めた。

美苗はポチを再構築するためにもⅦの中枢と契約してウイルス戦争の手助けをした。

が、藤堂とかいう奴が目論見を看破し決闘の末、美苗は敗れて軍事裁判で終身した。

最期に幻覚だったかは分からないがポチに逢えたから、美苗の生きる理由自体が無くなったものの、何故かスレイヤーが美苗を「生AI」として生き永らえさせ、「プロトタイプである桜終期に献身する」という生きる理由まで与えてしまった。

 

肉体が在った頃の桜終期は、揺らりん襲撃事件の際、揺らりんとスレイヤーをかばって死んだ。

スレイヤーが咄嗟に左心房と声帯を保全したため、hu薙国初の「生AI」プロトタイプ桜終期が誕生した。

これ以上は何も知らされてないし、スレイヤーは指示を与えてくるだけで鬱陶しい。

スレイヤーが「生AI」になった桜終期についてどう思ってるかは知らないし訊けない。

とまあ、要約すればそんな感じ。

 

「私が気付くのは予見してたの?」

「3日前には……でも具体的にどのタイミングかは分かりませんでした……」

「あなたの様子がおかしくなった時期と一致するわね」

「……」

「ずっと……ずっとこのままでいられると思ってましたからっ……」

 

美苗が大声で泣き始めたので気絶させると、私は美苗の所持している通信手段をハッキングして即座にスレイヤーに繋げた

 

「あんた、私"達"をどうするつもりなの?」

 

 

 

EPISODE10


 通信は即座に切れた。

私は全裸のまま30分ほど事務所と浴室といくつかの機械部屋しかない箱庭を探索してみたが、機能の欠損や外部からの破壊活動は見られない。

推測にはなるが、スレイヤーは記憶を解凍していない私には興味が無く、本当に「余暇」を与えることそのものが目的として、この箱庭を美苗に作らせたようだった。

 

「揺らりんに対する愛情……ね」

 

美苗が書いたプロットの殆どはスレイヤーが揺らりんに対して猟奇的な行動を取る内容だった。私は記憶が殆ど無いにも関わらず「日記帳の模倣」として高く評価し続けた。

生前、私がスレイヤーをどう思っていたのか、スレイヤーが私をどう思っていたのかは分からない。ただ、鍵を開けてそれを知る必要は今のところ感じない。

私が美苗のプロトタイプであること、スレイヤーが美苗にこの箱庭を作らせたこと、もうそれでお腹いっぱい。充分でしょう。

 

 

 

「好きにしなさい。私は好きにするわ」

 

 

 

EPISODE11


 「おはよう、朝だよ」

朝食が出来上がったので気絶していた美苗を起こす

「これは……ええと」

「コショウは自分で取って」

「AIだって分かってても食べないといけないんですか?」

「私の作ったモンが食べられないって訳?」

「いえ……そういうわけでは……」

「先刻寝てたじゃない」

「流石に叩かれたら落ちますよ……AIですから」

「私だったらあの程度では落ちないわ」

「あはは……」

 

無意味な会話を繰り返す。

 

「あなた歌える?」

「はい!音楽をやってましたので!」

「じゃあ二次祭で歌ってもらうわ」

「え゛」

「どうせ音楽祭の方は揺らりんが出るもの。もう競争したくないわ」

「本当に私でいいんですか……?」

「人間として出場しなさい」

「……が、頑張ります!」

 

箱庭に光が差したような気がした。

 

 

 

 


 

 

 

References

無い学問
https://twitter.com/music_shio/status/1313049029425557504
https://note.com/music_shio/n/na13ea50fbb73

 

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